ララフェルとパイッサ

のんびり気ままに創作小説やら日記やらをあげていくブログ

【創作小説】光慕う

 

 

「光慕う」

 

Lamamaの誕生日小説って言っておきながら、
Nalan(リテイナーちゃん)の小説になってしまった感。
か・・・書きたかったんだもん!((

今回、ストーリーのネタバレはないですが、
紅蓮までの小ネタのネタバレ多数です。
紅蓮まで終わってないよって方はご注意を!

では!
以下、お楽しみください(`・ω・´)

 

 

 

 

 

「Lamamaー!お誕生日おめで・・・いない?!」
家主の許可なくバーーンと開け放った家の中はしんっと静まり返っている。
誰もいない様子の部屋にがっかりしていると、カウンターの陰から住み込みで働いているナマズオたちが一斉に顔を出した。
「Nalanの姉さん!それびっくりするからやめてって前にも言ったっぺな!」
どうやら、私の大声に驚いて一瞬気絶していたらしい。
よくよく見ると、1匹は扉のすぐ横でまだ白目を剥いて倒れている。
「ごめーん!ところでLamama知らない?」
白目を剥いてる子をつつきながら、他の子に尋ねる。
「Lamaさんは昨日からずっとどっか行ってるっぺな」
「今日の夕方くらいには帰ってくるって言ってたっぺ」
ナマズオたちが顔を見合わせながら教えてくれる。
「まじかあ。Lamamaの帰ってくる、ほどあてにならないものはないじゃん・・・」
毎年のごとく、Lamamaのゲリラ誕生会を開こうと画策してきた私にとって不測の事態だった。
最近熱心にやっていた朱雀の征魂もおわったって聞いていたから、てっきり家にいると思ったのに。
「え~」と盛大にため息をつきながら、カウンターにケーキの箱を慎重に置く。
「Nalanの姉さんは、なんでLamaさんを探してるっぺな?」
ひっくり返っていた修理屋がよろよろと起き上がりながら尋ねてきた。
「今日、Lamamaの誕生日なんだよね~・・・祝おうと思ってさ~」
私の言葉に、使用人のナマズオが食いつく。
「うぺぺ?!それは知らなかったっぺな!部屋の飾りつけでもするっぺか?」
あわあわし始める使用人に落ち着け、とチョップをいれる。
「この部屋下手にいじると何が起こるか分からないから」
部屋をいじるのは無理、と断言する私に、ナマズオたちは無言で部屋をぐるっと見渡す。
いたるところで平然と浮いている家具たちを見て、何かを察したように静かに頷く。
「それもそうっぺな・・・」
神妙な面持ちでそう答えるナマズオに不覚にも笑ってしまった。
以前、「これどうなっているの・・・?」という聞くに聞けない質問を、ナマズオたちとのじゃんけんで負けた私がLamamaに聞いてみたことがある。
答えは「エーテルの流れ」という、いたってシンプルなものだった。
エーテルの流れ、なんでもありだな・・・と、一応は納得したが、確実に何か違う技術があるとみんな薄々感付いている。
「Nalanの姉さんはLamaさんのリンクシェルはしらないっぺか?」
食材のチェックをしていたよろず屋がぺぺぺ、と近づいてきた。
「あー、知ってはいるんだけど・・・。冒険中は、かけないようにしてるんだ」
「そうなんだっぺ・・・?」
口もとに手をあてて首をかしげるよろず屋に苦笑しながら答える。
「私の着信に気をとられて、もしものことがあったら大変だからね」
もしもなんて考えたくないんだけどさ~、と言ったところで、リリンっと来客を知らせる呼び鈴が鳴った。ナマズオたちが一斉にドアに駆け寄ったのをみて、卸屋が来たのだと察する。
「お仕事頑張って~!私はロフトにいるね!」
ナマズオたちに声を掛けながら、階段をのぼる。
こたつに潜り込んでテレビをつけてみたが、特に目ぼしいのはやっていなさそうだ。
仕方なくテレビを消して、ごろんと横になる。
ぼーっとナマズオたちが仕入れ品を整理する声を聞いていたら、睡魔がのっそりと顔を出した。
昨日、徹夜でケーキを作ったし、少しくらい許されるか・・・と言い訳を作りながら、身をゆだねる。
心地いい不安定な意識の海の中で、不意にLamamaによく似た少女のことが思い浮かんだ。
何度も繰り返しよく見る夢に出てくる少女。
あの子はいったい誰なんだっけ?
そんなことを考えながら、私はまどろみの中へ落ちていった。


「Nalangelel」

そう名付けてくれた彼女の姿が思い浮かぶ。
白っぽい薄紫色の髪に、紫水晶のような瞳。
透き通った白い頬には、Lamamaと違って紫の呪印は刻まれていない。
溢れるほどの光をその身に宿した彼女は、小さくて頼もしくて、とても優しい少女だった。
そんな彼女はいつからか、この世界から存在を消した。
いつまでいたのか。
本当にいたのか。
今となっては名前すら思い出せない。
それでも、私にとってとても大切で、かけがえのない人だった彼女のことを、私は今日も夢に見る。

私は、アウラ・ゼラの一族の一つ、Tumet族に生まれた。父と母は優しく穏やかな人で、幸せに溢れた毎日を送っていた。
Tumet族には、古くから伝わる試練がある。10歳の試練と呼ばれるその試練は、一族の移動の際に聖なる木に縛り付けられ、そこから自力で脱出し、移動先に合流できれば、部族の一員として認められる、というものだ。
10歳の試練の日、私は、聖なる木に縛り付けられているところを人攫いに襲われた。私の誘拐はすんなりと遂行された。それもそのはず、私は両親に売り飛ばされたのだった。東邦地域ではそれほど珍しくないアウラ族も、エオルゼアに行けば高価な商品になる。
エールポート行きの密輸船の中で毎日、「お父さん・・・お母さん・・・」と泣きじゃくる私に業を煮やしたのか、人攫いは「何も覚えていないのか?」と両親のサインが入った契約書を突きつけた。
それからの私は、涙を流すこともせず、徐々に記憶を失っていった。
10歳にして、大好きだった両親からの突然の裏切りに、脳が理解することを放棄したのだろう。エオルゼア大陸が視認できる頃には、一族のみんなことや両親の顔、果てには自分の名前すら思い出せなくなってしまったのだった。

もうあと半刻ほどでエールポートに着く、という頃、大きな衝撃が船を襲った。エールポート付近にあるサハギン族領地からの奇襲だった。
あっという間に船はサハギン族によって占領された。抵抗した者は殺され、大人しく指示に従った者は供物としてリヴァイアサンの神殿へ連行された。
私たちが神殿に到着すると、すぐさま儀式が始まった。供物として捧げられ、テンパード化していくほかの人質たち。いよいよ私の番が来て、光の玉が飛んでくる。あまりの眩しさに目をぎゅっと閉じた時、カンッとなにかをはじく音が響いた。
驚いて目を開けると、そこには小さな少女が立っていた。
白っぽい、薄い紫の髪が、リヴァイアサンの光を吸収してほんのり青く光っている。
「おのれ・・・」
リヴァイアサンが彼女に向かってもう一度光の玉を放つ。彼女は、それをいとも簡単に片手を挙げて弾いた。
「貴様・・・ハイデリンの使途か」
リヴァイアサンの質問に、彼女はゆっくりと頷く。
「ならば・・・我が聖域で決着をつけようぞ」
そうリヴァイアサンは言い残すと、大きな水しぶきをあげて、海の中へ潜っていった。
リヴァイアサンが去ったのを確認すると、彼女はこちらをぱっと振り向いた。
「もう、大丈夫だから」
そう優しく微笑む彼女に、私はぎこちない笑顔を返す。
緊張で強張った頬がうまく笑顔を作らせてくれなかったのだ。
「急いで!」
彼女と一緒にリヴァイアサンの討滅にきたのであろう、黒渦団の人に急かされ、彼女は私の手をひく。
「エールポートからリヴァイアサンを討滅する船が出るの。安全なところまで、一緒に行きましょう」
そう言うや否や、彼女は笛を吹き鳴らす。すぐに足の大きな、鳥のような動物が姿を見せた。後になって、チョコボというエオルゼアでは主流のマウントだと知った。
「ちゃんとつかまっててね」
まだ10歳の私よりも小さい背丈の彼女にそう言われ、躊躇いながら腰の辺りを掴む。同時に、チョコボが走り出す。
予想以上のスピード感に、すぐさま彼女の背中に抱きつく形になった。
彼女の背中は、小さいのに、とても頼もしいものだった。

リヴァイアサンの討滅も無事に終わり、助けられた人質たちも皆、帰っていった。もっとも、人攫いの連中は、そのまま黒渦団に拘留される形となったが。
皆が生還に喜ぶ中、黒渦団の人は私の対応に困り果てていた。
私の見てくれから、人攫いが東邦から密輸した「商品」であることまでは突き止められたようだが、肝心な私に記憶が全く無いときた。
東邦に送り返そうにも、どこにどう送り返せばいいのか手立てが出来ず、エオルゼアの地に身請け人がいるとも考えられない。
結局、保護期間いっぱいまで黒渦団にお世話になった後、担当してくれた方に「ごめん」と泣きながら見送られて、黒渦団本拠地をあとにした。
いよいよ、どうすることも出来なくなってしまった私は、あてもなくリムサ・ロミンサを歩き回った。
初めて見る大きな都市は、どこもかしこも新鮮なものだった。
保護期間中は、なんだかんだと面談があり、あまり自由になれる時間がなかったのだ。
人の多さに少し疲れて、桟橋に向かう。
「わあ・・・」
目の前に広がったのは、思わす声が出てしまうほどの綺麗な夕焼けだった。
太陽の柔らかな光が溢れてこぼれたかのように、空が、海が、オレンジに染まる。
ふと、夕陽の中に小さな人影があることに気がつく。
逆光に負けそうになりながらも目を凝らすと、リヴァイアサンの祭殿で私を助けてくれた少女が一人、夕陽に向かって座り込んでいた。
私の気配に気がついたのか、彼女がゆっくり振り返る。
「あら、この間の」
「この間は、ありがとうございました」
まだお礼をちゃんとしてなかったと思い、慌ててバッと頭を下げる。
「無事でよかった」
彼女はそういっておいで、というように手を振る。
「夕陽を見に来たの?ここが特等席だよ」
自分の隣をぽんぽんとたたく彼女に言われるがまま、おずおずと彼女の隣に腰をおろした。
そこは、まさに特等席だった。
どこをみても果てしないオレンジ。
境界すら曖昧に溶け合ってしまっている空と海も、ぽっかりと浮かぶ大きな太陽から伸びる光の道も、目の前をゆっくりと横切っていく船でさえも、全てがオレンジに取り込まれている。
まるでこの世界から、オレンジ以外の色がなくなってしまったかのような、本当に見事な夕焼けに、思わず息をのむ。
生まれてはじめて、こんなに綺麗な夕焼けを見た。
そう思って、生まれてはじめてなのかは分からないか、と思いなおす。
「私、記憶が無いんです」
そんなこと言うつもりはなかったのに、つい、口から言葉がこぼれた。
彼女はちょっと驚いた表情で私を見て、突然、ぐっと苦しそうに目を細めた。目眩がするのか、左手でこめかみを押さえつけて今にも倒れそうだ。
「だ、大丈夫ですか?」
びっくりして彼女を支えようと手を伸ばす。
抱きかかえてみて、ひどく動揺した。
この間、あんなに頼もしく感じた彼女は、恐ろしいほど軽くて小さかったのだ。このまま倒れて死んでしまってもおかしくないのではないか、そう錯覚してしまうほど小さい体だった。
どうしよう、どうしよう、とおろおろしていると、彼女がゆっくり頭を横に振りながら起き上がった。
「ごめんね、大丈夫だよ」
びっくりしたよね、と言う彼女の顔にもう苦痛の色はない。
よかった、と安堵の息をはくと、彼女の瞳が静かに私を捉えた。
「えっとね、ごめん・・・」
「・・・?」
突然の謝罪に頭が追いつかず、首をかしげる
困惑する私を見て、彼女が少ししょげた様子で説明してくれる。
「私ね、たまに人の過去が見れてしまうの」
勝手に見てしまってごめんなさい、としゅんとする彼女を見て、謝罪の意味を理解する。
「気にしないでください」
きっと過去視は、彼女の意思と反して起こってしまうものなのだろう。
本当に申し訳なさそうに何度も謝る彼女をなだめる。
「・・・過去を知りたい?」
戸惑いながらゆっくりと紡がれた彼女の言葉に、固まる。
過去を知りたい、という気持ちがないわけではない。
でも、私は今、過去を思い出して生きていけるのだろうか。
忘れたいほど嫌だった記憶を、私は受け止めきれるのだろうか。
返事を待つ彼女を見つめる。
きっと彼女は、たくさん言葉を探しながらゆっくり私の記憶を話してくれるだろう。
それでも、思い出したいという好奇心よりも、思い出す恐怖心の方が強かった。
少し俯きながら、首を横に振る。
「やめておきます」
意気地なしだなあ、と落ち込んで空を見上げると、いつの間にかそこには濃紺の綺麗な星空が広がっていた。
さっきまで広がっていたオレンジの世界は、もう遥か遠くに欠片を残すだけになっていた。
またしばらく、無言の時間が続く。
帰る場所の無い私はともかく、彼女は家に帰らないのだろうか。
そんなことを考えていると、今度は彼女が沈黙をやぶった。
「ねえ、提案なんだけど」
言葉を探すように彼女が一瞬口をつむぐ。
「私の、リテイナーをやってもらえないかな?」
「リテイナー?」
冒険者の補佐をする職業なんだけどね、なかなかいい人が見つからなくて」
その言葉が嘘だと、すぐに分かった。黒渦団でお世話になっている最中、彼女のリテイナーに志願したくて彼女を探している、という人をたくさん見てきたのだ。
それをそのまま彼女に伝える。
嘘がばれると思っていなかったのか、ぐ、と言葉に詰まる彼女をみて、どうして嘘を・・・?と考え込む。
そんな私を見てか、観念したように彼女は言葉を続けた。
「あのね・・・今はその、過去の記憶、知りたくないかもしれないけど、いつか知りたくなるかもしれないでしょう?だから、そうなった時のためにいつでも聞いてもらえるようにしておきたいなって思って・・・」
予想外の理由に、今度は私が言葉に詰まった。
先ほどの彼女の様子からして、過去を見てしまったのは事故みたいなものだろう。
彼女がそこまで責任をとる必要はないはずだ。
「どうしてそこまで・・・」
私を気にかけてくれるの?そう私が聞こうとしたときだった。
突然、あたりに怒号が響き渡った。
「おい!見つけたぞ!アウラ族の子どもだ!!!」
その声に、彼女が私をかばうようにさっと前に出て杖を構える。
わらわらと暴漢たちが集まってきて、あっという間に周りを囲まれてしまった。
「譲ちゃん困るよお。そいつは俺たちの大事な大事な商品なんだ。返してもらおうか」
彼女の背丈ほどある斧を軽々と弄びながら、暴漢が近づいてくる。
「そいつ、本当に傷一つなく美しいだろう?まるで宝みたいな子だってうちのボスがいたく気に入ってなあ」
暴漢の言葉に、ぐらっと視界が歪む。
前にも私は同じようなことを、誰かに言われた気がする。
記憶のどこかが反応する。
急にズキズキと頭が痛み出す。
立っていられなくなって、目元を押さえてうずくまる。
いつ・・・誰に聞いたんだっけ・・・
記憶にちらちらと何かが映りこむが、モザイクがかかっているように、はっきりと認識が出来ない。
薄目をあけて、暴漢を見上げる。
私を見下ろす暴漢の目に、見覚えがあった。
心の底から嘲るような、それでいながらどこか哀れむようなその目。
ああ、その目を、私はとてもよく知っている。
突然はっきりと、聞きなじんだ女性の声が脳に響く。
”本当に傷一つなく美しい“
“私の宝だわ”
ふっと視界が開けて懐かしい情景が思い浮かんだ。
『あなたは本当に傷一つなく美しい。私の育てた1番の宝だわ』
大好きな母に、髪の毛を梳かしてもらっていたときだった。
母はよくそんなことを言ったものだった。
母の言葉に、側にいた父はいつも大きく頷く。
褒められるのがなんだかくすぐったくて、私ははにかみながら答える。
『お母さんの方が綺麗だよ』
私が一番好きだった時間。
大切な記憶。
「お母さん・・・」
どうして忘れていたのだろう。
ぐっとまた頭痛が激しくなって、暴漢の目が脳裏によぎる。
その目に、母の面影が重なる。
ふとした瞬間に見せる、私を嘲り、哀れむような母の目。
私を人間としてみていないかのような目。
どうしてそんな目をするの?私の気のせい?
ずっとそう思って生きてきた。
気のせいだったら、どんなによかっただろうか。
暗い船室で、人攫いの連中につきつけられた契約書が鮮明に蘇る。
“Nal Tumetを1,000万ギルで売買する”の文字と、両親のサイン。
「いやああああああああ」
記憶と一緒によみがえった感情の波に、頭を抱えて叫んだ。
走馬灯のように様々な記憶が脳内を駆け巡る。
どうして私がエオルゼアにいるのか。
どうして記憶を失っていたのか。
「うるせえ!」
突然叫んだ私に、暴漢が怒鳴りつけ、盛大に舌打ちをする。
「ほら、譲ちゃんだって命は惜しいだろう?俺たちだってできるだけ荒業はしたくないんだ。今なら見逃してやるからさっさと失せるんだな」
大男は彼女のすぐ側に斧を振り下ろす。
ドスン、という鈍い衝撃が桟橋を伝う。
振り下ろされ、桟橋に食い込んだ斧をちらりと一瞥して、彼女はにっこり微笑んだ。
「ええ、お言葉通り、さっさといなくなるわ・・・この子と一緒にね」
そう言い終わるや否や、彼女の杖から強い閃光が放たれる。
同時に、雷のような大きな音が轟いた。
ばたばたと、周りを囲んでいた男たちがうずくまる。
「こいつ・・・!」
痺れながらも斧を振りかぶる大男に炎の魔法をとばす。
柄の部分に命中したのか、カキンッと小気味良い音を立てて、斧が吹き飛んだ。
「殺してはいない。痺れているだけよ。さっきの音ですぐに黒渦団の人たちがかけつけるでしょう」
そう言いながら、逃げようとする男たちに彼女は氷魔法を放つ。
足元を凍らされ、「ちくしょう」という憎悪に満ちた声が響いた。
「何事だ!!」
赤い制服を身にまとった軍団が近づいてくる。
黒渦団の人たちが到着したようだ。
彼女は軽く、黒渦団の人たちに経緯を説明し、頭を抱え込んで蹲っている私のところへ駆け寄った。
「とりあえず、宿まで行きましょう?」
彼女は私の返事を待たずに、腕を引く。
その手を、私は力なく振り払おうとする。
「わたし・・・わたし・・・」
ボロボロと止め処なく涙が零れ落ちる。
幸せだった記憶が、目の前に広がっては消えていく。
「お母さん・・・」
優しい眼差し、あたたかい手のひら、たくさんの愛情。
私は、確かに愛されていたのだ。
これはきっと何かの間違えで、そう、両親はあいつらに脅されて契約書にサインしたに違いない。
今でも私の帰りを心配しながら待っているはずなんだ。
「お父さん・・・お母さん・・・助けて」
大好きな両親を呼ぶ。
両親は何も悪くない。全て私を誘拐したこの男たちが悪いんだ。
そう思い込むことさえも、許されなかった。
「あんな仕打ちをされても両親を呼ぶのか」
震え泣きじゃくる私を見てか、黒渦団に縛り上げられた暴漢が「愛だねえ」と吐き捨てるように言う。
「お前の目の前でお金のやり取りをして、絶望した顔が見たいなんていう悪趣味な親を、よくもそこまで愛せたもんだ」
「お金・・・やり取り・・・?」
暴漢から聞いた言葉がぐるぐると体の中で反響する。
お金・・・やり取り・・・お母さん・・・お父さん・・・
私を絶望・・・させたい・・・?
ゆっくりと体から力が抜けていくのが分かる。
ドサッと音がして鈍い痛みが体に走る。私はそのまま意識を手放した。

目の前に土ぼこり舞うアジムステップの草原が広がる。
天気は暴風。
私は聖なる木に縛りつけられ、身動きが出来ない。
悪戦苦闘して、体感で一刻ほど。
別れ際、一族のみんなが送ってくれた応援を励みにがんばってきたが、そろそろ体力的に疲れてきた。
「これ、堅すぎじゃない?!」
気分を入換えようと、空に向かってそう叫ぶ。
「そりゃあそうよ。逃げられては困るもの」
聞きなれた声で返事が返ってきて、思わず「ひゃあ」と変な声が出る。
声の方に目を凝らす。
「・・・お母さん?」
暴風で視界が悪いが、母のようなシルエットがだんだんと近づいてきていた。
「やっとこの日がきたんだ、ここで逃げられたら適わないさ」
聞きなれた男性の声。もう一度よくよく目を凝らすと、父も一緒にいるようだ。
「お父さん!二人ともなんで・・・?」
二人の姿がはっきりと見えるようになった頃、異変を感じる。
母と父は、角も鱗もない大きな男たちをたくさん引き連れてきていた。
「誰・・・?その人たち」
「あんたをお金に変えてくれたいい人たちよ」
にっこりと微笑みながら母が言う。
「安心なさい、きっと大切に運んでくれるさ。君は宝石だからね」
父も穏やかな笑顔でそう続けた。
言葉の意味が理解できずに動揺する。
男たちが私に近づいてきて、縄を解こうとしたその時、
「待ちな!」
と、聞いたこともない鋭い母の声が響きわたった。
「先に渡すものがあるだろう」
威圧的な口調で父が言って、一人の男を睨む。
初めて聞く父と母の声に、私はさらに動揺する。
「これはこれは、失礼いたしました」
睨まれた男は、ひるむ様子も無く、側の男に指示を出す。
指示された男は、無言で父に黒い箱を差し出した。
父が箱の中身を確認する。
そこには、見たことも無い量のギルが詰め込まれていた。
「きっちり1,000万ギル、ご用意いたしました」
数を数えて、父が頷く。
「確かにいただいた」
「では、私たちはこれで」
父と母が踵を返す。
その様子を横目で見ながら、さきほど父に睨まれた男が私の周りにいる男たちに指示を出す。
男たちはすばやく縄をほどき、私の体を新しい縄で縛っていく。
逃げなきゃ、と本能的に抵抗する。
「待って!助けて!お父さん!お母さん!!!」
今ここで何が起こっているのか、まだ理解しきれていなかった私は、思わずそう叫んだ。その声に、母が面倒くさそうに振り向く。
「ん~・・・、お母さんって、もしかして私のことかなあ?」
いつも通りの優しい声音で信じられない言葉が発せられる。
「お母さん、何言って・・・?」
ゆっくりと母がこちらに歩み寄る。
何かを察したのか、私を縛っていた男たちは手を止め、一歩引く。
男たちが離れ、近づいてくる優しい母の笑顔に少しほっとする。
さっきの言葉は聞き間違いで、これはそういう試練の一環なんだ、と私が納得しかけたときだった。
「あははは、その顔!そのまだな~んにも分かってない顔!あんた、本当にバカだねえ」
そう言って突然高笑いし始める母に身を強張らせる。
母はうわ言のようにお母さん・・・?と言い続ける私のすぐ目の前にしゃがみ、がっと私のあごを掴んだ。
その表情には、もうさきほどの優しい面影は一切無く、血走った目が私を鋭く捉えていた。
「2度と私を母と呼ぶな!」
ヒステリックな声が響く。
大好きな人から突然向けられた、明確な殺意ともとれる悪意に体が竦む。
「今までは逃げられたら困ると思って我慢してたけど、お母さんなんて言葉、大嫌いなの。あんたを生んだのは私だけど、私はあんたを子どもだと思ったことなんて一度もないわ」
母が高々と嘲るように笑う。
「あんたは本当にいい商品よ。私の最高傑作。傷一つ無く、この綺麗な顔、体。いい商売になったわ」
苦労した甲斐があった、と嬉しそうに笑う母を見て、私はようやく理解する。
私の今まで信じてきたもの、愛してきたものは全部、嘘だったのだと。
「ああ、いいわあ、その顔。やっと理解したのねえ」
優しく私の頭を撫でる手とは対照的に、母の目は私を睨みつける。
「お母さん・・・どうして・・・」
パシッと乾いた音が響く。
「そう呼ぶなって言ったでしょう!」
右頬が痛む。無自覚にぼろぼろと涙がこぼれる。
生まれて初めて人から、しかも最愛の母から叩かれたショックで頭がいっぱいになる。
母の行動を見守っていた父が口を出す。
「おい、傷はつけるなよ。価値が下がる」
「分かってるわよ」
父をちらりと一瞥して、涙を流し続ける私をゴミでも捨てるかのように突き放す。縛られた体ではうまくバランスがとれず、そのまま柔らかい草原に転がった。
あまりにも信じがたい現実に脳みそが理解を拒否する。
きっとこれは悪い夢なんだ。
意識がすーっと遠のいていく。
「なんだ、気を失っちゃうの。もっと抵抗して、絶望した表情が見たかったのに」
つまんな~い、と曖昧な意識の中、どこかでそう、母の声が響いた。

気がつくと、宿屋のベットに横たわっていた。
ソファには、私を助けてくれた彼女が静かに寝息をたてていた。
自分の目元にそっと手を当てる。
たくさんの涙が流れ落ちたあとが、乾燥して張り付いている。
その跡が、思い出した記憶が現実だと、如実に物語っていた。
胸のあたりが、なにかにえぐられたように鈍く痛む。
もう信じざるを得なかった。
私は、愛されてなどいなかったのだ。
二人は私が生まれてから一度も、私を「人間」として見たことが無かったのだ。
大切だったものが、大好きだったものが、全て消えてなくなった。
思い出したくなかった。
大事だったことも幸せだったこともなにもかも、もう一度、忘れてしまいたい。
しかしそれはもう叶わぬ願いだった。
ふらふらと部屋を抜け出す。
外は、痛いくらい眩しかった。
ただなんとなく、昨日の夕陽が見たくなった。
覚束ない足取りで、桟橋へむかう。
まだまだ青い昼間の海。
彼女に教えてもらった特等席に、一人で佇む。
よせては返す波をただぼーっと見つめる。
私は、なんのために生きてきたんだろう。
これから、なんのために生きていけばいいのだろう。
父と母に喜んでもらいたくて、試練にむけて一生懸命鍛錬に励んでいた頃を思い出す。
私が一生懸命鍛錬に励めば励むほど、父と母は嫌な顔をした。
私がケガをする可能性を危惧していたのだろう。
あの頃は、私の身を心配してくれているんだ、信じて疑わなかった。
でも、違う。
心配なのは、私の身ではなく、商品価値がさがること。
今ならそう理解できる。
本当に、私は愛されていなかったのだなあ、と落ち込む。
愛されていると信じて疑わなかった自分に戻りたい。
滾々と悲しみややりきれなさが心の中に降り積もる。
逃げたい。
この、今の状況から。
“全部から逃げられる方法がある”
ふと誰かがささやいた。
逃げたい。
誰からも愛されていなかったなんて。
信じていたものが全部嘘だったなんて。
どんな方法でもいい。
そんな現実から、私は逃げ出したい。
“一歩踏み出すだけだよ”
声が響く。
この一歩でそれが叶うならば。
急に晴れやかな気持ちになって、迷いなく、一歩踏み出す。
一瞬体が宙に浮いて、次の瞬間、冷たい海水が体を包み込んだ。
静かに沈んでいく。
目を薄く開くと、海に差し込んだ太陽の光がいくつもの柱になっていた。
海の中ってこんなに綺麗なんだ。
だんだん息が苦しくなる。
本能的に口を開いてゴボっと空気が上に昇っていく。
私の吐き出した息が光を吸収して宝石のように輝く。
その光景が信じられないほど綺麗で感動する。
口の中に入った海水がしょっぱい。
ああ、海水ってしょっぱかったんだなあ。
なぜか涙がにじむ。
優しかった父と母が思い浮かぶ。
あの日の父と母が思い浮かぶ。
暗い船室。リヴァイアサンの祭殿。
悔しい。悲しい。苦しい。
ふと、私を助けてくれた彼女の背中を思い出す。
一緒に見た夕陽を思い出す。
ソファで眠りこんでいた彼女の寝顔が思い浮かぶ。
彼女は起きただろうか。
起きたら、昨日のお礼を言わないと。
そう考えて、ハッと、ようやく自分がなにをしているのか気がつく。
海の中に逃げるのは、死ぬことなんだと急に理解する。
気がついて、焦って、必死でもがく。
頭上に手を伸ばす。
逃げ出したかったけど、死にたいわけじゃない。
“本当に?”
どこかでそう誰かが問いかける。
父と母に裏切られたときの感覚が、胸に深く刻まれた絶望の感覚が上に行こうともがく足を引っ張る。
それでも、と体に力が入る。
彼女の顔が思い浮かぶ。
死にたいわけじゃないんだ。
もがけばもがくほど、水面は遠くなっていく。
だんだんと意識が薄れていく。
まだ、生きていたい。
頭上の光の方へ手を伸ばす。
その手が、何かに触れた。
驚いて手の先を見上げる。
薄紫の白っぽい髪が、紫水晶のような透き通った目が、海の中の光となってそこにいた。
ぐいっと力強く引き上げられる。
泣きそうな目をして、必死で私を抱きかかる。
そのまま、信じられないスピードで水面にむかってのぼっていく。
抱きかかえられた腕から伝わる彼女の体温が、絶望に満たされていた私に光を持ち込んでくれた。

ざばっと桟橋に引き上げられる。
飲み込んでしまった海水をごほごほと吐き出して、空気を吸い込んだ。
私は、生きているようだ。
ぜいぜいと肩で息をする私を、彼女はガバッと抱きしめた。
「よかった・・・!よかった間に合って」
涙声でそう繰り返す彼女を抱きしめ返してぼろぼろと涙をこぼす。
「死ぬつもりじゃ、なかったんです」
震える体を抑えつけるように、ぎゅっと力強く彼女に抱きつく。
「ただ、ただ海の中に沈んだら、全部なかったことにできると思って・・・。もう生きている意味も、私を必要としてくれる人も、愛してくれる人も何もないなんて思わなくていいって思って」
えぐっと涙で声が詰まる。
この現状から逃げ出したかった。
本当に、それだけだった。
あそこで、彼女が来てくれなかったらと思うとぞっとする。
「ありがとう・・・。助けてくれて、見つけてくれて」
そう言いながら泣き続ける私の背を、彼女は優しくトントンと叩く。
「私が」
彼女が何かを言いかけて、戸惑うように口をつぐむ。
少し短く息をはいて、彼女は再び口を開いた。
「私が、あなたの生きる意味になれないかな?」
力強く、でも優しい声音で彼女がそう問いかける。
「自分がそんな立派な人間だなんて思わない。だけどね、私はあなたに生きていて欲しい。そのために必要なら、私があなたの生きる意味になる。最後まで裏切らずにあなたを愛しとおす。だから、生きて。私のために生きてほしい」
突然の言葉にびっくりして彼女を見つめる。
私の瞳を、彼女の強い意志の篭った瞳が見つめ返す。
「どうして・・・?」
心に浮かんだ言葉がそのままこぼれる。
ついこの間会ったばかりの私に、どうして彼女はそこまでしてくれるのだろうか。
「あなたの瞳が、綺麗だから」
蒼天の色を湛える私の瞳が、彼女の瞳に映りこむ。
一瞬、彼女の瞳が悲しみに満ちたように見えた。
「私はね、本当にたくさんの人に支えられて、助けられてここまできたんだ。その感謝はもう本人たちには返せないけど・・・せめて、他の誰かを支えることで返さなくっちゃ、彼らに申し訳が立たないでしょう?」
そういって笑う彼女は本当に寂しそうで、たくさんの大切なものを失ってきたのだと、ひしひしと感じ取る。
それならば、と思い立つ。
「昨日の、リテイナーのお話は、まだ募集中ですか?」
私の言葉に、彼女の表情が輝き、千切れんばかりに首を縦に振る。
そんな彼女を見つめて、言葉をつむぐ。
「私の生きる意味になってくれるなら」
ぐっと目を閉じる。
また裏切られたら?という思いがよぎる。
でも。
冷たくて重い水の感覚が蘇る。
彼女に救われた命なのだ。
裏切られたとしても、なんの不満があるだろうか。
目を開く。
じっと、彼女を見つめる。
白っぽい薄紫色の髪の毛が、風になびいている。
白い頬に、紫水晶のような、キラキラした瞳が私の次の言葉を静かに待っている。
彼女のために、生きていきたい。
嘘偽りなく、心からそう思える。
「私はあなたのためにこの命を使いましょう」
アジムステップでのほほんと生きてきた小娘が出来ることなど、たかがしれているだろう。
それでもいつか、本当にいつかだけど、彼女を支えられるようになるのだ。
彼女が救ってくれた、この命をかけて。
「ありがとう」
彼女が朗らかに笑う。
そんな彼女に釣られて、私も笑顔になった。

ひとまず彼女の宿屋に戻ってから、着替える。
ぎりぎりなんとか彼女の服を着られた私は、内心安堵しつつ、急務で洋服を用意することを決意した。
リテイナー雇用の契約はあっさりと終わった。
私のリテイナー連盟への加入と、彼女との契約。
とんとん拍子に話は進んでいった。
「はい、これ」
フリドウィブさんから手渡された、リテイナーの制服を着る。
「うんうん、いい感じ」
私の姿を見て、彼女が満足げに頷く。
最後に名札を受け取って、あれ?と思う。
そこには、「Nalangelel」表記されていた。
彼女をちらっと見ると、しーっとでも言うように人差し指を口に当てていた。
フリドウィブさんの前では話せないのだろう。
そのままいくつかの書類を書いて、「じゃあ、これからよろしくね」というフリドウィブさんの一言で、契約が終了した。

宿屋に帰って、彼女がお茶を入れてくれた。
手伝おうとすると、そういうのは明日から、と追い払われる。
仕方なく、椅子に座って、ずっと気になっていた名前のことを尋ねる。
「ごめんね、勝手に書いちゃって」
名前聞かれるの忘れてたんだ~、と彼女は頭をかいた。
まさかその場で、考えてきます!なんて言えないし、だからといって前の名前を使うのも問題がある。
咄嗟にでてきた名前をつけたのだろう、くらいの気持ちで由来を尋ねる。
「どうして、Nalangelel?」
私の質問に、彼女は「なんとなくってのが一番なんだけど」と前置きした。
「私の名前ね、新月って意味なの。光のあたらない暗いお月様のことね」
こんなにも光で満ちている彼女が新月
私の怪訝そうな顔に、苦笑しながら彼女は続ける。
「月ってね、太陽の光がないと輝けないんだ。って、それくらい知ってるか。私の名前はね、戒めなの。みんなにちゃんと頼りなさいっていうね」
“みんな”の話をするとき、きまって彼女は少し寂しそうな顔をする。
きっともう会えなくなってしまった人のことも含めて、思い出してしまうのだろう。大切な“みんな”を。
「だから、太陽の光って意味を込めて、Nalangelel」
「太陽の光・・・」
太陽ではなく、太陽の光。
月を照らす光。
そう名づけてくれたことが、たまらなく嬉しい。
「私のために生きてくれるって言ってくれたから。なんとなく、月を照らす、太陽の光みたいだなって思ってさ」
あ、でも呼ぶときは長いからNalanね~、といたずらっぽく笑いながら、彼女はお茶を渡してくれる。
月であるこの人を照らす光。
私がいなきゃ、彼女は輝けない。
決してそんなことはないだろうに、それでも彼女はそう言ってくれた。
まるで彼女の側にずっといていいのだと、そう許された気がして、思わず顔がほころぶ。
「これからよろしくね、Nalan!」
彼女の言葉に、私は、精一杯の笑顔で答えた。
「はい!」

 

「Nalanの姉さん、お湯わかすけどのむっぺか?」
ナマズオの暢気な声に、はっと目を覚ます。
どうやら、随分長い間、寝てしまっていたようだ。
「あ、寝てたっぺ?悪いことしちまったっぺな」
「大丈夫!むしろ起こしてくれてありがとう。お湯もらう~!」
「了解っぺ!美味しいお湯わかしとくっぺな~!」
ぺぺ・・・ぺちっ、とナマズオが階段を降りて・・・落ちていく。多分今のナマズオは素材屋の子だろう。
それにしても、またあの夢を見てしまった。
小さい頃から繰り返し見る夢。
妙にはっきりとしていて、これが単なる夢なのだとは到底信じられない。
前世かなにかの私の記憶だろうか。
Lamamaにそっくりな少女に小さい頃の私が救われる話。
夢の中の少女が唯一Lamamaと違うのは、右頬に紫の呪印がないことだ。
「Nalanの姉さん、お湯わいたっぺよ~」
下からナマズオの声が響いてくる。
「はーい」
返事をしながらぐいーっと伸びをする。
のそのそとこたつを這い出す頃には、夢のことなどすっかり頭から離れてしまった。

「あ、姉さん、こっちだっぺな~!」
「お菓子もあるっぺよ~」
がさごそと食器棚をあさってティーバックを取り出してから、ナマズオたちが用意してくれたテーブルに向かう。
はいっぺ!と渡してくれるナマズオにお礼を言いながら、お湯にティーバックを浸す。
ナマズオたちにとってお茶はお酒みたいなものらしく、私のコップとナマズオたちのコップが混ざらないように少し気を使いながら椅子に座った。
「ああ~、いいお茶のにおいっぺな~」
「仕事終わったら、一杯やるっぺ!」
そんな会話をしながら、わいわいとティータイムが始まる。
ひとしきりこのお菓子はうまく出来てる、こっちはもう少し改良できそう、などわいわいした後、小さい頃の話になった。
「Nalanの姉さんは、小さい頃どんなんだったっぺ?」
「うーん、あんまり覚えてないんだけどね~。私、ミストのリテイナー業やってるフリドウィブさんの養子なんだ」
「そうだったっぺか?!」
「たしかにこっちにアウラ族がいるのは珍しいと思ってたっぺな」
「あれ?でもNalanさんとLamaさんって幼馴染なんじゃ?」
「あ、それ聞いたことあるっぺ!」
「じゃあ、Lamaさんもミストのマーケット出身っぺか」
「いや、それは違うんだ。そこも小さい頃に聞きかじっただけだから曖昧なんだけど、Lamamaって確か、どっかの貿易商の遠縁の子でね、ミストに大きい拠点がある貿易商らしくって、よくマケにいるとこを見かけてたんだ」
ゆっくり記憶をたどるように話す。
記憶の中のLamamaはおぼろげで、もやがかかっているようにはっきりとは思い出せない。
小さい頃の記憶はみんなそんな感じで、正しい記憶のはずなのに、どこか違和感が拭いきれない。そのせいで、曖昧な言い方になってしまうのだ。
「そうだったっぺか~」
「それでLamaさんのリテイナーもやってるってことっぺな!」
「ずっと仲良しなの、羨ましいっぺな~」
「あ、いや、Lamamaと遊んでたのは本当に小さい頃だけでね。リテイナーになったのは、Lamamaがたまたま私のことを見つけたからなんだ」
「運命的っぺな!」
「そういうの憧れるっぺ」
おらも運命の相手に会いたいっぺ~!と話が移っていく。
私がどうしてフリドウィブさんの養子になったとか、Lamamaと初めて出会ったのはいつだったとか、そういうことは何か暗いもやに覆われているような感覚があって、はっきりと思い出せない。
でも私は、Lamamaのリテイナーをやるために、ずっとあそこで待っていたのだ。これだけは確信が持てる。
なんで、と聞かれたら答えられないけど、なんとなく、そんな気がするのだ。

ガチャッと不意にドアが開く。
「あれ?みんなお菓子タイムー?」
のほほんとした笑顔とは対照的なズタボロな格好をしたLamamaがひょっこりと姿を現した。
「あーー!Lamaさんまたそんなにして!」
修理屋のナマズオが悲痛な声をあげる。
いや~、なかなか激しい戦いで・・・ごめんごめん、と謝りながらLamamaはナマズオに修理を依頼する。
「Lamaさんおかえりっぺな~」
他のナマズオはLamamaの分のお湯をいれながらお菓子の追加も用意しているようだ。
私はというと、そろりそろりとLamamaの背後に近づき、ガバッと抱きつく。
「うわああああって、Nalanか!」
びっくりしてるLamamaをよそに、今日ずっと言いたかった言葉を叫ぶ。
「はっぴーばーずでー!Lamama!お誕生日おめでとう!!!!」
ぽかんとしてるLamamaに、内心やっぱりな、と思いつつ、こんなときのためにポケットに突っ込んでおいた誕生日カレンダーを突きつける。
「あれ~?去年お誕生日教えてあげたのにもう忘れちゃったかな~?」
「・・・・・今日、僕の誕生日か!」
私の突きつけたカレンダーを確認して、ようやく合点がいったようだ。
「はい!今年も預かってきたよ!」
そう言って、Lamamaの誕生日になると必ず、私の元に届く花束を渡す。
「これは・・・?」
「わかんないけど、Lamama宛の花束!」
Lamamaはしげしげと紫と白で彩られた花束を眺める。
その表情が一瞬、偏頭痛でも起きたかのようにゆがんだ。
ぎゅっと目を閉じて、恐る恐る目を開いたLamamaに声をかけようとする私をLamamaが意図なく遮った。
「“信じる心”」
小さく呟かれた言葉に首をかしげる
恐らく、「超える力」で何かを見たのだろう。
釣られて花束を見る。
なぜだか、夢で見たLamamaにそっくりな少女を思い出した。
信じる心。
もう少しで何か大事なことを思い出せそうな、
あとちょっとのところで、どうしても思い出せないような、
そんなもどかしさが私を支配する。
「ありがとう」
Lamamaの声にはっと我に返る。
花瓶ってどこしまってたっけ?とナマズオに声をかけるLamamaを慌てて呼び止める。
「あと、これは私から!」
カパッとケーキの箱を開く。
「わあ」
箱の中でアイスシャードに囲まれているのは、
ころんとした形の、生クリームたっぷりロールケーキ。
「去年は見た目で勝負したから、今年は味で勝負!」
おおおお~!と覗き込んできたナマズオたちと一緒にLamamaは目を輝かせる。
「ありがとう、Nalan」
そう言って笑う最高の笑顔のLamamaを思わず抱きしめる。
ああ、このために半年前からこっそりとケーキの修行をした甲斐があったというもの・・・!
Lamamaを抱きしめながら思いを馳せる。
最高の生クリームを作り出すためにどれだけエオルゼアを駆け巡って、東邦地域にまで足を伸ばしたことか・・・。生クリームに力を入れすぎて、ショートケーキがロールケーキになっちゃったのは内緒だけど!と心の中でにんまりする。
「Lamaさん・・・ごめんっぺな、誕生日って知らなくて・・・」
ケーキを覗き込んでいたナマズオたちがおずおずと口を開く。
「いいんだよ!私も忘れてたし」
気にしないで、というように、Lamamaは胸の前で小さく手を振る。
「来年は盛大にお祝いするっぺな!!」
「今年はとりあえず、このお茶で我慢してくれっぺ!」
「最高級茶っぺよ!」
「わわ、ありがとう!よーし、今日はもうお仕事終わりだ!みんなで飲もう!」
Lamamaのその言葉にナマズオたちがわっしょーい!と盛り上がる。
「Lamaさん最高っぺ~!」
「お誕生日おめでとっぺ!」
わいわいとティータイムが宴会に移行していく。
「Nalan!このお茶ほんとに美味しいよ!」
こっちこっち、とLamamaが私に手招きする。
「Nalanがくれたケーキにもぴったり!」
輝く笑顔でLamamaはケーキをほおばる。
口の端にに生クリームをつけたままもぐもぐする姿はまさに天使。
また抱きしめたくなるのをぐっと堪えて深呼吸をする。
「Lamama」
「んー?」
ひたすらもぐもぐと口を動かす姿に、ふふっと笑ってしまう。
「あのね、Lamama。私を見つけてくれて、ありがとう」
Lamamaにリテイナーを依頼されたあの日、また見つけてもらえた、ようやここまで戻ってこられたって、なぜだかそう思ったのだ。
私の言葉に、Lamamaの瞳が一瞬大きく見開かれて、すぐに優しい形につぶれる。
「うん、Nalan、私といてくれて、ありがとうね!」
その言葉に、不意に涙がこぼれそうになる。
がばっと上を見上げてぎゅっと目を瞑る。
間違っても泣きそうだったなんてばれないように、いつもより3倍ましのテンションで叫ぶ。
「よっしゃー!のむぞーー!」
そんな私を見て、すでにほろよいのナマズオたちがのむっぺ!祭りだっぺ!と踊りだす。
私を見上げていたLamamaと目が合う。
「今年も、また楽しい賑やかな1年になりそうだね」
その言葉に、精一杯の笑顔で、力強く頷いてみせた。