【創作小説】満ちる月、消える月
Lamama Lama
創作設定 第1話。
むしろ、プロローグ的な。
はじまりのはじまり。
蒼天までの軽いネタバレあり。
一介の冒険者だった私が、光の戦士、ともてはやされるのに、そう時間はかからなかった。
数々の蛮神を倒し、英雄と呼ばれながらも、策略と陰謀にはめられ、追われる身になり亡国する。しかし、そこで運命を閉じず、果てなく続くと言われた戦争を終わらせ、一国を救い、返り咲く。
英雄譚はそれだけではない。たくさんの輝かしい功績を残し、いつの間にか人々の憧れや期待を一身に受ける身となった。
皆が口を揃えて、私を光の戦士だと讃えた。
他の人にはない、特別な力が私にはある。そう周りにもてはやされ、私自身でも自分が特別だと自覚するのは、自然な流れだった。
だから、気がついた時には全てを背負いこんでいた。
私は特別。神に選ばれた、光の戦士。
私が倒れたら、世界が終わる。私が弱音を吐いたら、みんなに絶望を与える。
どんなに苦しくても、逃げ出したくても、無理だと思っても、自分を奮い立たせ、戦場へ、新たな敵へと向かっていく。
それが、私に求められた期待と憧れ。
そう思い込み、ひたすら前を向き続ける中で、いつしか私は、無理なものを無理だと、助けてほしいときに助けてほしいと言えなくなっていた。
いや、もはやその判断すら出来なくなっていたのだろう。
だから、こんな失態を犯した。
きっとどこかでずっと、警鐘は鳴っていた。
1人では無理だと、周りに助けを求めろ、と。
しかし、その警鐘は私の意識には届かなかった。
長年、ずっとその警鐘に聞こえないフリをしてきたのだ。
そのフリが、フリではなく、本当に聞こえなくなっていた事に気がつかなかった。
ようやく警鐘が聞こえたのは、世界が消し飛ぶ1秒前。
もう、全てが遅かった。
警鐘の意味を理解した頃には、私の世界は消し飛んでいた。
光の加護をまとった、私を残して。
いっそ、私ごとすべて消してくれたなら、どんなに楽だっただろう。
「無」にかえった世界に、私1人を置き去りにして、私が守ろうとした大切なものたちは消え去った。
「--……て、きいて、かんじて、かんがえて」
「分からない!」
呆然と佇む私の頭に直接響く、いつもの声。
それをかき消すように叫んだ。
「分からない…、分からないよ…」
崩れるようにその場へしゃがみこむ。
目を閉じて浮かんでくるのは、大切な人たちの笑顔。私に寄せた、期待の眼差し。
ふつふつと、暗く冷たい感情が胸の内に流れ込む。
全てを守ろうとして、結局、何一つとして守れなかった。
なんて、なんて無様なんだろう。
悲しいとか、悔しいとか、そういう感情を通り越して、ただただ憎い。
大切なときに何もしてくれないこの声が、私にだけ全てを背負わせるこの世界が、今の私があるためにあったなにもかもが憎い。
いつからこうなってしまったのだろう。
どこで間違えてしまったのだろう。
世界を救えなかった私に、何の意味があったのだろう。
やり直したい。
初めてウルダハの地を踏みしめた、あの瞬間から、全てをやり直したい。
でも、それは叶わぬ願い。
ああ、憎い。
光の戦士としてもてはやされ、
私には力があるのだと、私だけは特別なのだと驕った。
その驕りがみんなを殺した。
そんな私が、なによりも憎い。
守りたいものを守ろうとして滅ぼしてしまうなんて、まるで蛮神ではないか。
激戦によって枯れ果てたはずのエーテルが、感情に呼応してふつふつと湧き上がってくる。
憎い。
憎い憎い。
今ここにいる私が、憎い。
私が私であるために存在した、全てのことが憎い。
胸の奥底から冷たく湧き上がるエーテルがその感情と共に肥大する。
「あなたは…だれ?」
突然、耳に届いた、聞きなれた声。
声の方向に目をやると、そこには「私」がいた。
冒険者として、初めてウルダハの地を踏んだ、あの日の「私」がそこにいた。
「あなたは……」
「私…?えと、多分、Lamama。そう、確か、Lamama Lama、っていいます」
その「私」は、不思議そうに自分の名前を口にした。
Lamama…、と繰り返してハッとする。
記憶の片隅に眠っていた知識が、その名前の意味を教えてくれた。
「満月」
……ああ、そういうことだったのか。
「私は…。Nalulu Nalu」
「新月」を意味する自分の名前を噛みしめるようにつぶやく。
そうか、私は、光の戦士ではなかったんだ。
ただの人である「私」を光の戦士にするために、私は今まで、偽の光の戦士をしてきたのだ。
世界を救う役目は、私ではなく、「私」に課せられたもの。
そうか、だから、私は世界を救えなかったのだ。
大切なものを守りきれなかったのだ。
ならば……。
そっと、目の前の「私」を見つめる。
この、ただの人である「私」を、光の戦士にすることが、私の役目。
世界を救えなかった私に与えられた、たった一つの、世界を、大切な人たちを救う方法。
「私」から負の感情を取り除くこと。
どんな感情にも、二面性がある。
憧憬と嫉妬のように、どちらも同じ「憧れ」の感情だが、その性質は大きく違う。
それぞれ感情が持つ、良い部分と悪い部分。その悪い部分を負の感情というのなら、それこそ光の存在にとっては余計なものなのだ。
数多の憧れや期待を一身に受け、それでもただ純粋にひたすら冒険を楽しみ続けるためには、負の感情は邪魔にしかならない。
だから、私が負の感情を全て引き取り、私と共に、私の歩んできた時間と共にこの世界から消え去る。
そうして、完全な闇の存在となる私と引き換えに、完全な光の存在が生まれる。
それが、私の本当の役目だったのだ。
「 」
鼻歌でも歌うかのように詠唱がこぼれ落ちた。
この詠唱は、私の全てを終わりにする。
私はずっと、この瞬間が来ることを知っていた。
今まで、どうして忘れていたのだろう。
ひどく懐かしいこの詠唱が、この世界から私と私の生きた時間を消し去って、本物の光の戦士を生み出す。
世界を、あるべき姿に形作る。
「私」の純粋な瞳に、私の姿が写り込む。
その瞳は痛いくらい眩しくて、綺麗だった。
あの日の私も、こんな瞳を持っていたのだろうか。
そっと「私」の右頬に手を当てる。
濃い紫の、刻印を刻み込む。
この刻印が、私と「私」を証明する、唯一の証になる。
光が存在しなければ闇が存在出来ないように、闇が存在しなければ、光も存在できないのだ。
繋がっていてはいけない。それなのに、繋がっていてなければ存在が保てない。
本当にこの世界は--
刻印を伝って、私の正の感情を注ぎ込む。
負の感情を失い、あいてしまった穴をうめこんでいく。少しだけ、ほんの少しだけ、私の記憶を織り交ぜて。
詠唱が終わる。
1粒の雫が頬を伝う。
まぶたを閉じるように、音もなくゆっくりと世界から光が消える。
驚いた表情をした「私」が、私に手を差し出す。
でもその手はもう、掴めない。
ああ、我が守護神よ、
どうか「私」に、
慈愛に満ちた御加護を。